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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    真の意味で輝いたのは
    約7カ月という短い時間

    本格化を遂げた13年の秋、新馬戦、アーリントンC以来となる3勝目を挙げ、見事「天皇賞馬」の称号を得ることとなった©Y.Hatanaka

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     社台コーポレーション白老ファームが生産し、1歳夏の2010年にセレクトセールに上場されたジャスタウェイ。その生い立ちのポイントとしては、やはり父ハーツクライという血統を挙げなくてはならないだろう。06年にドバイシーマクラシックを制したハーツクライの仔が、8年後に同じドバイでG1を勝って「世界一」になる。血統の物語としては、これ以上ないほどドラマチックな展開だ。

     これが2年目産駒で、初年度世代はその夏にデビューしたばかり。まだ評価は定まっていなかった種牡馬ハーツクライだが、そんなことは落札したオーナーの大和屋暁氏には関係なかった。

     現役時代に社台サラブレッドクラブの募集馬として走ったハーツクライに、いわゆる「一口馬主」として出資していた大和屋氏は、産駒を自分で所有したいと思い、そのために馬主資格を取得したのだという。そして訪れたこのセレクトセールでハーツクライの仔に片端から手を挙げていき、落札できたのがジャスタウェイだった。もちろん、これが初の所有馬。価格は1200万円(税別)で、後に「世界一」になる馬の値段だと考えれば、驚くほど安かったといえる。

     ジャスタウェイは、この前年の09年に開業したばかりの須貝尚介厩舎に預けられることとなった。同じ厩舎の同じ世代には、ゴールドシップがいた。

     2歳戦からクラシック、そして古馬の芝中長距離戦線と、約4年半もの間、ゴールドシップは勝っても負けても、常に競馬界の中心で強い光を放ち続けた。

     それに対し、ジャスタウェイが真の意味で輝いたのは、驚くべき強さで勝利を重ねた4歳秋の天皇賞から5歳春の安田記念までのたった4戦、約7カ月という短い時間のことだった。引退も、ゴールドシップより1年早い。

     それまでジャスタウェイは、よくある差してわずかに届かないレースを繰り返す「脇役」だった。素質は非凡だが、どこか弱さのある勝ちきれない馬。それがジャスタウェイという馬だった。

     しかし、じつは父のハーツクライもそうだったのだ。
     ダービー以降10戦して未勝利、2着4回、3着1回。それが4歳暮れの有馬記念でディープインパクトを破るという歴史的な大金星を挙げると、明けて3月のドバイシーマクラシックでGⅠ2勝目。続く“キングジョージ”では3着と敗れはしたものの、ハリケーンランやエレクトロキューショニストを相手に素晴らしい戦いを演じた。少なくとも、それはもう「脇役」の走りではなかった。

     有馬記念から“キングジョージ”までの期間がやはり約7カ月だったのはできすぎた偶然だとしても、ジャスタウェイがそんな父ハーツクライの血を、ある意味で色濃く受け継ぐ馬であるというのは、たぶん確かなことなのだといえる。

     3歳春のアーリントンC勝ちを最後に7戦未勝利だったジャスタウェイに突如、「成長」という名の変化が訪れたのは、4歳春の終わりのことだった。短期放牧から戻ってきたジャスタウェイは、トモの緩さ、体質の弱さが劇的に改善されていた。帰厩初戦のエプソムC前、調教に跨った福永祐一騎手は須貝調教師に「これで本格化したから、これから収穫期に入ると思いますよ」と伝えたという。

     実際、ここからジャスタウェイは、調教を強くしたり、レース間隔を詰めたりできるようになっていく。成績も見違えて安定した。エプソムC、関屋記念、毎日王冠と重賞で3連続2着。しかしそれはまた「ワンパンチ足りない馬」という印象をさらに強めることにもなった。

     だから天皇賞(秋)の勝利には、誰もが驚いた。須貝調教師だけは大きな驚きは見せなかったが、それ以外は大和屋オーナーも、福永騎手も、榎本優也調教助手も、生産者代表として表彰台に立った社台スタリオンステーションの角田修男場長も、もちろん記者たちも、誰もが驚いた。いや、驚いたのはただ勝ったからではない。とんでもない圧勝だったからだ。

     課題のスタートを五分に出たジャスタウェイは、中団の外でレースを進めた。トウケイヘイローが作る速い流れを2番手で追走した女傑ジェンティルドンナが直線、力強く先頭に立つ。そこへ外から襲いかかったのがジャスタウェイだった。

     ジェンティルドンナの岩田康誠騎手が「脚が違いすぎた」と脱帽し、当の福永騎手ですら「僕が戸惑ったくらい」と振り返るほどの驚くべき末脚で、並ぶ間もなく交わし、さらに突き放す。あのジェンティルドンナを、だ。最終的な着差は4馬身。3着のエイシンフラッシュはさらに2馬身後方だった。

     どこか次元の違うところまで一気に登っていってしまったかのようなジャスタウェイの能力は、しかしここからさらに上昇を見せる。ギリギリの仕上がりだった分、レース後に疲れが出たため、この後は全休して翌春に備えるという須貝調教師の判断が見事に当たったのだ。福永騎手も「あそこで休んだのが大きかった。中山記念の前にはさらに進化していて、これは凄い馬になったな、という感じだった」という感想を残している。

     久々の実戦となった5歳春の中山記念、ジャスタウェイは3番手から一瞬で抜け出し、後続に3馬身半差をつける楽勝を飾った。「世界一」を獲得する準備は、すでに十分に整っていた。

    ©Photostud

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