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JRA40周年 1994 ナリタブライアン シャドーロールの怪物
周年を飾った三冠馬たちの日本ダービーJRAは今年、創立70周年を迎える。
これまで節目の年に誕生した3頭の三冠馬のダービーを、時代背景とともに振り返る。
※レース名は当時のもの
JRA40周年 1994ナリタブライアン シャドーロールの怪物

谷川善久 Yoshihisa Tanigawa

     バブル崩壊や阪神・淡路大震災などが日本に閉塞感を呼んだ1990年代。と同時に、日本初の世界遺産登録(姫路城など)、外国人横綱の誕生(曙)、大リーグを席巻する野茂英雄、男子サッカー日本代表のワールドカップ初出場など「世界の中の日本」を意識させる出来事が相次いだのもこの頃だ。
     競馬にも国際化の波が押し寄せた。ジャパンCは日本初の国際GIとなり、安田記念も外国馬に門戸開放。短期騎手免許制度を利用したオリビエ・ペリエやマイケル・ロバーツらが活躍し、武豊騎手はスキーパラダイスでムーランドロンシャン賞を勝利、日本人ジョッキー初の海外G1制覇を成し遂げる。JRAはニューヨークやパリなどに駐在員事務所を開設した。
     日本馬も海外で躍動。フジヤマケンザンが香港国際Cを制し、シーキングザパールはモーリスドゲスト賞で日本調教馬初の海外G1制覇を達成。タイキシャトルがジャックルマロワ賞勝利で続き、エルコンドルパサーは凱旋門賞2着と健闘する。
     国内では、90年日本ダービー当日の東京競馬場で19万6517名の入場者数を記録。競馬ゲーム『ダービースタリオン』の発売、PATの普及、馬連の導入、女性騎手のデビューなどによって第二次競馬ブームは継続し、ついには97年、馬券の売り上げが4兆円を突破する。
     こうした流れのさなか、ナリタブライアンは三冠を達成した。
     朝日杯3歳S、共同通信杯4歳S、スプリングSと、いずれも2着を3馬身以上置き去りにしながら重賞勝ち鞍を積み上げたナリタブライアンは、皐月賞もコースレコード&3馬身半差で制して、まず一冠を獲得する。
     単勝オッズ1.2倍の断然人気に推された日本ダービーは、さらに圧巻だった。道中6、7番手を追走し、3コーナー過ぎから手ごたえよく進出。直線では誰にも邪魔されない大外へと進路を取ると、トップギアに入れられた途端に急加速する。内で追い比べを演じる青葉賞勝ち馬エアダブリンと皐月賞3着のフジノマッケンオーを瞬く間に突き放していく豪脚を披露。結局5馬身の完勝ゴールで二冠目も手にするのである。
     秋は、2着との差を7馬身に広げた菊花賞に続き、有馬記念も3馬身差1着。ビワハヤヒデが故障したため兄弟対決は夢に終わったものの、トレードマークのシャドーロールとともにナリタブライアンは、日本中央競馬会創立40周年にあたる94年のターフを堂々と駆け抜けたのだった。

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