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菱田裕二
Jockey's Interview天皇賞(春)テーオーロイヤル菱田裕二Yuji Hishida

森永敦洋 Atsuhiro Morinaga

    苦楽を重ねて得たもの

    デビュー13年目、テーオーロイヤルとともにJRA・GⅠ初制覇を果たした菱田裕二騎手。
    相棒との歩み、そして師匠・岡田稲男調教師をはじめ自身を支えてくれた人たちへの思いを聞いた。

    最強のパートナーに
    感じていた意外な思い

     第169回天皇賞(春)が行われた日の京都は、暦の上ではまだ4月だというのに最高気温が30℃を超える真夏日。そんな季節外れの暑さだったが、菱田裕二騎手とテーオーロイヤルが春の盾を制した姿を見て、どこかさわやかな風が吹いたような気分を覚えたファンも多かったのではないだろうか。 
     菱田騎手にとってはジョッキー生活13年目で初めてのGⅠ勝利。しかも、テーオーロイヤルは18戦中14戦で手綱を取っている相棒であり、自身がデビュー以来所属し続けている岡田稲男厩舎にとっても初のJRA・GⅠ勝利だった。さらに言うと、菱田騎手は20年前の小学生時代に天皇賞・春を京都競馬場で観戦したことがきっかけで騎手を志したという。騎手と競走馬のコンビ愛、調教師と騎手の師弟の絆、少年時代の夢……そうしたストーリー性の重なりは、ここ最近の競馬でもなかなかお目にかかれないものだった。
    「振り返ると去年の9月30日に落馬して(左肩脱臼の負傷)、気持ち的にもどん底でした。でも、自分のやるべきことをコツコツと丁寧にやって過ごせば、こうしてチャンスをもらえるんだなと。岡田先生、オーナー、厩舎スタッフ、そして一番はテーオーロイヤルに感謝しています」 
     あの日から1カ月後の5月28日、栗東トレーニング・センター。菱田騎手は「今でも天皇賞のことを思い出しますね」と笑みをたたえる。強烈な印象として残っているのは、レースに向かうまでの3週間に感じた今までに経験したことがないプレッシャー。しかし、それは“重圧”ではなく、むしろ“幸せ”さえ感じるものだった。
    「リーディング上位の騎手は毎週こういう気持ちで過ごしているんだなと。自分は今までそれを経験していなかったので、すごく嬉しかったですし、受けられるプレッシャーは自分から受けに行く気持ちでいました。本当に幸せな時間を過ごさせてもらいました」 
     そんな気持ちでいられたのは、やはりテーオーロイヤルがいればこそ。ただ、今でこそ全幅の信頼を置く最強のパートナーも、デビュー当初は才能うんぬん以前に危うさしか感じなかったというから驚きだ。
    「本当にトモ(後肢)がメチャクチャ緩くて、逍遥馬道や地下馬道のちょっとした下りとかでも思いっきりバランスを崩していた。だから初めのころは乗るのに危険を感じるというか、恐怖心を感じるくらいの馬でしたね」 
     そんな状態ではあったものの、その頃から追い切り後も息が全く乱れないことから、担当の栗原渉調教助手とは「心肺機能はすごい」という意見で一致。育成方針についても悩んだ記憶はないと振り返る。
    「調教メニューは今でもそんなに変わっていないですね。栗原さんと細かく話しながら調教してきましたが、常に考え方は一致していると言いますか、常日頃から話しているので同じ目線でやってきました。これも13年の積み重ねなのかなと思います」

    厩舎に所属し続けたゆえの
    師弟の絆と馬づくりの喜び

     13年の積み重ね――若くしてフリーとなる騎手も多い中、菱田騎手はデビューから一貫して岡田厩舎に所属し続けている。フリーと所属、それぞれに利点はあると思うが、「岡田厩舎があっての今の僕。この13年の中で一番大きかったのは、やっぱり厩舎にずっと所属させていただいたことです」。そう菱田騎手はキッパリと明言した。
     デビュー初年度の2012年から23勝、52勝、64勝と勝ち鞍を伸ばし続け、3年目の14年には日本ダービーにタガノグランパで初騎乗し4着。順風満帆の騎手人生のスタートだった。それでも気持ちのコントロールまでは20代前半の若者には難しかった。
    「オフシーズンがないので自分のメンタル、モチベーションのコントロールが結構難しい仕事ではあると思うんですけど、今思うと、昔の自分は競馬への向き合い方が甘かった」
     そんな「騎手としても人としても自覚が足りない時期」に指導し、支えてくれたのが岡田調教師はじめ厩舎スタッフたち。特に師である岡田調教師は口数が多いタイプではないため、「先生との印象に残るエピソード、あんまりないんですよね……」と苦笑いを浮かべるが、だからといって関係性が希薄などということはない。むしろ、言葉には表せない師弟の絆がそこにある。
    「先生から直接何か言ってもらう機会は少ないのですが、僕の仕事への向き合い方を常日頃から見てくださっていると思いますし、騎手として人として先生に認められるようになりたい。1着の枠場で先生が嬉しそうな顔で待っている時が僕も一番嬉しいです。その機会を一つでも多く増やせるようにと思っています」 
     天皇賞後でも師匠がかけた言葉はただひと言、「よくやった」。だが、ここに全てが詰まっており、それが「めっちゃ嬉しかった」と弟子は表情を崩す。
     そして、もう一つ。厩舎に所属し続ける中で得た大きな経験が、スタッフとともに馬を一からつくり上げていく喜びだった。
    「どうすれば結果を出せるかと、みんなで考えながらやるのがすごく楽しい。自分がレースに騎乗しない馬に関してもどうやったら結果が出るかなということを日ごろから考えて、スタッフと相談して調教していくという楽しさを感じています」 
     そうして騎手、人としてのキャリアを厩舎とともに積み重ねていく中で出会った最高の1頭がテーオーロイヤルだ。スタッフと一丸で育成していく中、普通の馬ではないのかもと印象に残った出来事が3歳秋、3勝クラスの尼崎ステークスの返し馬の後だった。
    「ロイヤルが周りの馬をゆっくり見回していて、自分が一番強いと感じているんだなと思いましたね。それで、ああ、この馬すごいなと。こんな感覚は僕自身、今までになかったです」
     そして、右後肢の骨折により4歳秋から5歳秋にかけて約1年の休養を経て復帰した後の4戦目、6歳春の阪神大賞典ではさらに驚かされた。
    「普通に考えたら約1年の休養って、競走馬にとっては相当長い。だから、またいい時のロイヤルに戻ってくれたら嬉しいなという、それくらいの感覚でした。でも、阪神大賞典に向けて上げていく2週間の中で『今までで一番いい時のロイヤルを超えたな』という感覚があったんです。それは担当の栗原さんとも同じ意見でした。本当、すごい馬だなと思いましたね」
     大きなケガを乗り越えてなお進化し、ベストを更新。そんなパートナーに菱田騎手は「僕の経験上にはいなかったタイプの馬。なので、ロイヤルに関しては本当に分からない(笑)」と、天皇賞後と同様、今も目を丸くする。
     だから、2度目の骨折で現在休養中のテーオーロイヤルに対しても、抱く思いは不安ではなく期待、そして希望。
    「小さい骨折でしたので、僕としてはちょうどいい夏休みになると思っているんです。そして、いい休養を過ごしてもらえれば、もしかしたらまたそれがきっかけで状態が上がるかもしれない。だから、今はゆっくり休んでもらいたいですね」
     一方で、ファンの間で話題となったのが、天皇賞後に配信されたジョッキーカメラでの「ロイくん」呼び。ただ、実際には「ある一線を越えないよう、尊重している」相手であり、もう一人の師のような存在だという。
    「ロイヤルにはすごくたくさんのことを教えてもらえましたね。このステージまで連れてきてもらえましたし、こうすればGⅠを勝てるんだよということを教えてもらえたと思っています」
     テーオーロイヤルが見せてくれた景色、経験を糧に「調教、レース問わず日ごろの小さな積み重ねを今後もしっかりやっていきたい」と前を見つめた菱田騎手。その大きな瞳の奥からは、まだ知らない世界の景色をもっとロイヤルと一緒に見たい――そんな強い意思があふれ出ていた。

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    表紙

    優駿8月号 No.968

    2024.07.25発売

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    GⅠジョッキー かく語りき