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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    道悪の安田記念での勝利は
    逞しさに満ちたものだった

    14年安田記念は、不良馬場に苦しむも、最後はグランプリボス(手前)をハナ差で競り落とした©K.Ishiyama

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     14年3月のドバイ国際競走には、日本から全部で8頭が参戦した。ゴドルフィンマイルではブライトラインが5着、UAEのアフリカンストーリーが勝利したドバイワールドCではベルシャザールが11着、ホッコータルマエも16着と敗れた。

     一方、ドバイシーマクラシックではジェンティルドンナが前年2着の雪辱を果たした。しかしそれが霞むほどの強烈なインパクトを残したのが、ドバイデューティフリーのジャスタウェイだった。

     同じく日本から参戦のトウケイヘイローが好スタートから先手を取り、レースは速い流れとなった。ロゴタイプは中団、ジャスタウェイは後方2番手に位置する。

     レース後、福永騎手は逃げ馬についていくプランAと、出負けした場合は後方からというプランBを用意していたと明かした。実際は、出遅れたわけではないが行き脚がつかず後者になったという。

     直線に入るとすぐ、好位にいた南アフリカのウェルキンゲトリクスが前に並びかけ、先頭に立とうとする。前哨戦のジェベルハッタを快勝し、6戦無敗の戦績で臨んできた勢いそのままの走りは、しかし外から差してきたジャスタウェイによっていとも簡単に粉砕される。クリストフ・スミヨン騎手が「直線を向いた時には勝てると思った。日本の馬が飛んできて抜いていったときには声も出なかった」と語ったように、並ぶ間もなく、という表現ですら生ぬるく感じるほどの、圧倒的なスピードの差だった。

     あっという間にウェルキンゲトリクスに迫り、残り300㍍地点で早くも交わしたジャスタウェイは、そこからさらに加速していく。着差は開く一方で、最終的には6馬身1/4という途方もない差となっていた。1分45秒52は、従来の記録を2秒41も更新するコースレコード。何もかもが、ジャスタウェイのレベルが1頭だけ飛び抜けていたことを示していた。

     普通なら話はここで終わりだった。史上2頭目の日本馬の勝利。レコードでの圧勝劇は記憶にも残るものだった。以上。

     でも、そうはならなかった。

     レースから12日後の4月10日、ワールドサラブレッドランキングの中間発表で、ジャスタウェイの走りには130ポンドの評価が与えられた。暫定の「世界一」となった数字は、その後、ブリーダーズCや凱旋門賞など多くの大レースが世界中で行われ、同じ数だけの勝ち馬が誕生しても、最後までトップのままだった。

     暫定とはいえ、「世界一」の看板を背負って走った最初のレースは安田記念だった。前日から降り続く雨による不良馬場の中、ジャスタウェイはその馬場に苦しめられた。上がり3ハロンが37秒以上もかかる馬場で、それでも後方からじりじり伸びて、最後の数完歩でやっと先を行くグランプリボスを交わす。苦戦ではあったが、しかしこういう強さは本格化前のジャスタウェイにはなかった。そう思わせるような逞しさに満ちた勝利だった。

     タフな馬場で走った疲労を考慮して、ジャスタウェイは予定していた宝塚記念を回避。そして7月23日、次走は凱旋門賞となることが発表された。僚馬ゴールドシップとの同時挑戦だった。

     8月、イギリスの国際騎手競走シャーガーCに参加した福永騎手は、現地メディアからジャスタウェイについてさまざまな質問を受け、あらためて「世界一」の馬への注目度の高さを感じたという。

     凱旋門賞は、端的にいえばジャスタウェイにとって得意ではない距離カテゴリーのレースだった。そんな中、日本馬で唯一、果敢にインを突いて最後まできちんと伸びたその走りは、8着という着順以上に評価できるものといえた。

     帰国後のジャパンC2着、ラストランの有馬記念4着も、同じ文脈で理解することができた。M(マイル・1301㍍~1899㍍)のカテゴリーで「世界一」の評価を受けた馬が、現実にI(中距離・1900㍍~2100㍍)を飛び越えてL(長距離・2101㍍~2700㍍)のレースに出走した場合の、それは最善と呼ぶ以上の結果だった。

     レースというのは本質的に一回限りで、だからこそ価値がある。勝利とは、歴史のその地点に名前を刻むことを意味する。

     一方、ジャスタウェイの「世界一」はある意味、抽象的で観念的なものだ。しかしだからこそ、その勝利はあらゆるカテゴリーの、あらゆる時代の無数の競走馬を相手に挙げた、開かれたものとなる。

     今後もジャスタウェイは「130M」という数字で、自分の子供たちと、孫たちと、未来のすべての馬たちと、観念上のレースを戦い続けることができる。僕たちはまだ、そういうものに十分慣れてはいないかもしれない。でもそれは確かに、新しい形の競走馬としての幸せと呼べるんじゃないだろうか。

    ©T.Mori

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    ジャスタウェイ JUST A WAY

    2009年3月8日生 牡 鹿毛

    ハーツクライ
    シビル(父Wild Again)
    馬主
    大和屋暁氏
    調教師
    須貝尚介(栗東)
    生産牧場
    ㈲社台コーポレーション白老ファーム
    通算成績
    22戦6勝(うち海外2戦1勝)
    総収得賞金
    9億940万9000円(うち海外3億1371万5000円)
    主な勝ち鞍
    14安田記念(GⅠ)/14ドバイデューティフリー(UAE-G1)/13天皇賞(秋)(GⅠ)/14中山記念(GⅡ)/12アーリントンC(GⅢ)
    JRA賞受賞歴
    14最優秀4歳以上牡馬

    2017年4月号

    軍土門 隼夫 HAYAO GUNDOMON

    1968年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学を中退後、「週刊ファミ通」編集部、「サラブレ」編集部を経てフリーのライターとなる。現在、「優駿」「Number」などの雑誌やweb媒体などで執筆。著書に「衝撃の彼方 ディープインパクト」がある。

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