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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    4歳秋のジャパンCにおいて、
    世界レベルの末脚を披露した

    05年のジャパンCではメンバー中最速の上がり3ハロンの末脚で迫るも、ハナ差の2着に敗れた©JRA

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     04年、京都金杯当日の新馬・芝2000㍍でデビューした。好位の内から抜け出す味な走りで初戦を快勝した。その後は3戦目の若葉S(OP)も勝って、皐月賞に駒を進めた。だが、初のGⅠ挑戦は14着、少々ほろ苦い結果となった。
    「あの頃は全然華奢でした。同じ父のダンスインザダークも細く見えるタイプでしたが、肩先でもトモでも、ダンスは付くべきところに筋肉が付いていて、たくましさがありましたよ。皐月賞はスタートが変な出方になってしまい、リズムを崩したのはたしかなんです。ただ、体がしっかりしていれば、もう少し結果は違ったと思っています」

     橋口が当時を振り返った。

     迎えた5戦目の京都新聞杯で初の重賞制覇を飾った。先の若葉Sもこの京都新聞杯も、競り落とした2着馬はスズカマンボ、のちの天皇賞馬である。肉体は未完成ながら、素質の片鱗を窺わせていた。そして、勇躍駒を進めたダービーでもキングカメハメハの2着に健闘した。ハイペースでの1戦とは言え、最後方から押し上げての2着だから、その末脚は見事だった。追走したポジションは違えども、上がり3ハロンを比較すると、キンカメの35秒4に対して34秒3である。数字からもまたGⅠ級の能力を感じ取ることができる。

     だが、産駒を見ても明らかなとおり、この系統の特徴は、3歳時にはまだ体が緩く、筋力が付ききっていない。だからこそハーツ自身、目を見張る活躍は4歳秋を待たなければならなかった。

     1番人気の菊花賞で7着に敗れるなど、3歳時は3勝で終わった。迎えた4歳の上半期も大阪杯(当時はGⅡ)を2着、宝塚記念でも2着、上々の結果ではあるものの勝ち切れなかった。ただ、橋口は言った。ハーツの馬体はようやく完成期を迎えようとしていた、と。
    「宝塚を見て思いましたよ。この体でGⅠ2着に来るんだから、秋に成長したらGⅠ獲れるって。だから前哨戦を使わなかったんです。秋は3戦だけにしようってすぐに決まりました」

     そして、その時はやって来た。夏の放牧中であった。牧場にハーツを訪ねて、橋口は目を見張ったという。ほーっと思わずうなってもいた。
    「馬房から曳いてくるじゃないですか。その時からオーラがありました。付くべきところに筋肉が付いて、急成長していた。これがオレの理想のハーツクライだって素直に思えましたから」

     休養明けの天皇賞(秋)こそ6着に敗れたものの、“理想のハーツクライ”はここから快進撃を開始する。まずは第25回ジャパンCにおいて、世界レベルの末脚を披露したのである。

     この年の覇者はアルカセットだった。鞍上L・デットーリの巧み極まりないコース取りに導かれ、中団から抜け出した。外から迫ったゼンノロブロイを突き放し、圧勝か、と思えたまさにその時、内を急追する馬がいた。ハーツクライだった。

     馬群を縫うように、とはまさにこのことか。こちらの鞍上C・ルメールの手綱も見事と言うほかなかった。ゴール板を通過した時、両馬の馬体はピッタリと並び、どちらが勝っていたとしてもおかしくなかった。だが、わずかにアルカセットの鼻先が前に出ていた。火花飛び散る競り合いに敗れはしたが、観客はその走破タイムに酔いしれていた。2分22秒1。ホーリックスとオグリキャップによる89年のレコードを更新していたのだ。わが目を疑ったあのレコードが、まさか破られる日が来ようとは……当時を知るファンは誰もが思い、両馬の頑張りに拍手を送った。個人的な思いを書いておけば、05年の第25回は、今もなお“ジャパンC史上最高のゴール前”であったと信じている。

     続く、4歳最終戦の有馬記念では4番人気だった。ジャパンCでのレコード決着による疲れが心配されてもいたが、何よりここには単勝1・3倍の本命馬がいた。前走の菊花賞まで7戦7勝、シンボリルドルフ以来となる無敗の三冠馬に輝いたディープインパクトのことだ。

     スタート直後、中山のスタンドがどよめいた。普段とまるで違う戦法をハーツが取ったからだった。これまで定位置としてきた“後方待機”を捨てると、さっと馬群の3番手に付けたのである。
    「記者会見でのルメール君の話から、ひょっとしたら、と予測はしてました。何せあのディープが相手、直線で差せるとは思えません。前に行かないと勝てない、彼も私も頭にありましたから」

     橋口の言葉に頷きながら、筆者は思ったものだ。筋力の付ききっていない緩い馬は、スタートダッシュが利かない。3番手の取れたこと自体が、十分な筋力が付いた一つの証であっただろうと。

     最後の直線、先に仕掛けたハーツは、リンカーンと並んで先頭に立った。するとそこに、当然のようにディープが末脚を伸ばしてきた。
    「いつつかまるか、って感じで、声を出すタイミングがなかったですよ。お、お、これは何とかなるぞ、と思った瞬間がゴールでしたから」

     そうなのだ、橋口同様、誰もが“最後はディープが差す”と思っていた。だが、ハーツも最後までしっかり伸びていた。結局は半馬身差を守ってのゴール、自身初となるGⅠ制覇を達成した。11戦振りの4勝目は、ディープが国内にて経験した、生涯一度きりの敗戦でもあった。
    「あらためて競馬の怖さを思い知らされました」

     レース後、ディープの主戦・武豊の口にした言葉は、成長したハーツへの最高の賛辞となった。

    ©H.Watanabe

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    05年有馬記念の4コーナー。ディープインパクト(右赤帽)が外から進出。ハーツクライ(中央黄帽)は三冠馬の猛追を迎え撃つ格好に©Photostud

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