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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    最後は「最強馬」であろうと
    走り続ける意志があるだけだった

     明けて95年、古馬となったナリタブライアンは阪神大賞典で始動する。阪神・淡路大震災の影響で京都での施行となったこのレースは、7馬身差の圧勝。誰もがその強さに呆れかえった矢先、思わぬアクシデントがナリタブライアンを襲う。

     右股関節炎。全治は2カ月だった。

     もしここで引退していたら。たぶんナリタブライアンは文字通り「最強馬」のままだった。でも実際にはナリタブライアンは引退せず、天皇賞・春を回避して休養に入る。ターフに戻ったのは、診断から半年以上が経った天皇賞・秋だった。

     調教も軽く、復調途上との声は大きかった。それでも僕たちはナリタブライアンを1番人気に支持した。結果はサクラチトセオーの12着。惨敗だった。

     続くジャパンCも、実戦を叩いた効果が期待され、1番人気に。しかしやはり直線で伸びず、ランドの6着。

     そして有馬記念。勝負所で外から仕掛けたナリタブライアンは、4コーナーで2番手にまで上がって直線を向く。しかし、そこまでだった。逃げた1歳下の菊花賞馬マヤノトップガンを捉えるどころか、後続に次々と差され4着に終わる。

     怪我は治っても、痛みを思い出してフォームがおかしくなっていたり、全力を出すことを怖がっていたりするのでは。あの頃、メディアでよく流れていたそんな推論は、むしろそうであってほしいという僕たちの願いを映し出してもいた。

     そして迎えたのが96年、5歳春の阪神大賞典だった。

     4コーナーの手前からマヤノトップガンと2頭で後続を引き離していく、まるでマッチレースのような展開。馬体をぴったり併せたまま、ゴールの瞬間まで400㍍にわたって追い比べが続いたこのレースは、GⅡながら名勝負としていまだに名前があがることも多い。

     ちなみに勝ったナリタブライアンの武豊騎手も、そして敗れたマヤノトップガンの田原成貴騎手も、もし全盛期のナリタブライアンならこんな接戦にはならなかったと思う、と後に語っている。

     続く天皇賞・春では、ナリタブライアンは完全復活への期待から単勝1・7倍の断然人気に推される。しかしマヤノトップガンを競り落として直線で先頭に立ったところで、外からサクラローレルに差し切られてしまった。

     もし全盛期ならば。そんな仮定は、たぶんもう無意味だった。そこには、いわゆる歴史的名馬には不似合いな着順が記録されることをも厭わず、「最強馬」であろうと走り続ける意志があるだけだった。そして僕たちにできることは、それを見て、支持し続けることだけだった。

     結果的にナリタブライアンのラストランとなったのは、次走の高松宮杯(現高松宮記念)だった。3200㍍から1200㍍。かつて大久保正陽調教師は天皇賞・春を制したエリモジョージを、宝塚記念を挟み1200㍍の短距離Sに出走させたことがあった。メジロパーマーを、天皇賞・春の前に1400㍍のコーラルSに使ったこともある。とはいえ、さすがにこれには賛否両論が巻き起こった。シンボリルドルフが、ディープインパクトが同じことをしたと考えれば、そのセンセーショナルさが伝わるだろうか。

     結果は4着。それは普通の道を歩んでいたならば付かなかったはずの黒星だった。そしてそう考えてみれば、これは一つの「挑戦」の形なのだったと気づく。サンルイレイSや凱旋門賞ではなく、また別の形で、ナリタブライアンは「最強馬」であることを証明しようとしたのだ。

     その約1カ月後、ナリタブライアンは右前脚に屈腱炎を発症。しばらく治療が試みられたものの、秋に引退が決定した。

     最後の高松宮杯、馬群を捌いて懸命に伸びたナリタブライアンの鼻先には、やはり白いシャドーロールが揺れていた。

     じつは3歳春の時点で、もう調教では着けておらず、気性面の問題も解消していたというのが陣営の見方だった。着け続けていたのはただの験担ぎだと、大久保調教師も南井克巳騎手も語っている。

     それでも、あの白いシャドーロールは僕たちにとって代わりのない「記号」となっている。首をぐっと下げた、地を這うような独特のフォームの先で真っ白なシャドーロールが揺れる光景は、僕たちの中で、あの94年のナリタブライアンの強さとまっすぐに結びついている。

     ちなみにそれまでも、その後も。三冠馬はもちろん、ダービー馬にもシャドーロールを装着した馬は他に1頭もいない。

     まだそれは、僕たちにとっての「最強馬」のしるしであり続けているのだ。

    白いシャドーロールは最強馬のしるし 【H.Imai(JRA)】

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    ナリタブライアン NARITA BRIAN

    1991年5月3日生 牡 黒鹿毛

    ブライアンズタイム
    パシフィカス(父Northern Dancer)
    馬主
    山路秀則氏
    調教師
    大久保正陽(栗東)
    生産牧場
    早田牧場新冠支場(北海道・新冠町)
    通算成績
    21戦12勝
    総収得賞金
    10億2691万6000円
    主な勝ち鞍
    94有馬記念(GⅠ)/94菊花賞(GⅠ)/94日本ダービー(GⅠ)/94皐月賞(GⅠ)/93朝日杯3歳S(GⅠ)/95・96阪神大賞典(GⅡ)/94スプリングS(GⅡ)/94共同通信杯4歳S(GⅢ)
    表彰歴等
    顕彰馬(97年選出)
    JRA賞受賞歴
    93最優秀旧3歳牡馬/94年度代表馬、最優秀旧4歳牡馬

    2015年8月号掲載

    軍土門 隼夫 HAYAO GUNDOMON

    1968年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学を中退後、「週刊ファミ通」編集部、「サラブレ」編集部を経てフリーのライターとなる。現在、「優駿」「Number」などの雑誌やweb媒体などで執筆。著書に「衝撃の彼方 ディープインパクト」がある。

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