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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    メジロライアンより早かった
    横山典弘のGI制覇

    1990年 京都新聞杯 ● 優勝 秋の始動戦では、重馬場ながら2分12秒3のコースレコードで完勝(緑帽)。残る一冠へ向けて弾みを付けた©JRA

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     日本ダービーの前から伝えられていた「僕の馬が一番強い」という横山典弘の自信は、その後も揺るがなかった。それをあらためて見せつけたのが、秋初戦の京都新聞杯。アイネスフウジンは脚部不安で引退、ハクタイセイは故障により休養。レースを前にしての追い切りのあと、「この相手では負けないでしょう」という横山の言葉どおり、メジロライアンは直線だけで大外から豪快に差し切った。重馬場にもかかわらずコースレコード。3着(同着で2頭)までコンマ1秒の僅差だが、着差以上の完勝だった。

     それが休み明けの仕上がり八分、末脚が切れるメジロライアンに3000㍍はなお有利。菊花賞は当然のように単枠指定で1番人気。もう1頭、日本ダービー3着で、セントライト記念を制したホワイトストーンも単枠指定となった。

     3コーナーの坂を下っての勝負所。メジロライアンは抜群の手応えで外から5番手まで進出。直線を向いて内からホワイトストーンも伸びてきた。しかし一足早く先頭に立っていた馬がいた。メジロマックイーンだった。準オープンの嵐山S2着からの重賞初挑戦で、4番人気のいわば伏兵。鞍上はデビュー3年目の内田浩一だった。

     内で食い下がったホワイトストーンが1馬身1/4差で2着。ライアンはさらに1馬身半差で3着だった。

     期待されたクラシックで3、2、3着。横山はこの間、天皇賞(秋)でもメジロアルダンでアタマ差2着があった。デビュー5年目。次々と競馬学校の後輩にGIタイトルで先を越された。

     しかし横山は意外なところでGI初制覇を果たした。菊花賞翌週のエリザベス女王杯。8番人気のキョウエイタップで内からスルスルと抜け出し、ゴールのはるか前から右手を突き上げた。ライアンのクラシックでできなかったぶんのガッツポーズをしてみせた。

     劇的なオグリキャップのラストランとなった有馬記念、ライアンはまたも2着。大きな大きな3/4馬身差だった。

     4歳初戦は中山記念。単勝1・4倍の断然人気に支持され、直線追い込んだものの、逃げた牝馬のユキノサンライズに1馬身及ばなかった。

     前年、競馬ブームの主役だったオグリキャップとともに、イナリワン、スーパークリークらも引退し、古馬戦線は一気に世代交代。天皇賞(春)は、“新三強”として、メジロマックイーン、メジロライアン、ホワイトストーンが単枠指定となった。

     好位から直線抜け出して圧巻のレースを見せたのは、前走阪神大賞典から武豊に乗り替わっていたメジロマックイーン。後方集団から位置取りを上げたライアンは4コーナーでマックイーンを射程圏にとらえたまでで4着。馬券圏内を外したのは、2歳時の葉牡丹賞以来のことだった。

    1990年 菊花賞 ● 3着 春のクラシックホース不在で1番人気も、戦前に併せ馬調教も行っていたメジロマックイーン(黒帽)の後塵を拝した©JRA

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    1990年 有馬記念 ● 2着 上がり最速の脚を見せるも(赤帽)、オグリキャップ(青帽)は3/4馬身前に。無冠のまま3歳シーズンを終えた©JRA

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