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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    年度代表馬のタイトルを
    視野に入れた安田記念制覇

    ロードカナロア
    ©H.Watanabe

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     ロードカナロアを語る時、日本馬初の香港スプリント制覇だけでも充分な偉業なのだが、翌13年、進化した同馬はさらなるパフォーマンスを披露する。

     高松宮記念でGⅠ3勝目を飾った同馬は、続く1戦でなんとマイルの安田記念への出走を表明したのである。

     当時、私は安田翔伍から電話をもらっていた。そこで、彼は言った。
    「アメリカのブリーダーズCも考えているんです」

     1200㍍のブリーダーズCスプリントはダート戦であることを告げると、それは百も承知とばかり、彼は答えた。
    「だからマイルを考えているんです」

     ロードカナロアがスプリント能力に長けていることはすでに証明済みだった。しかし、スプリント戦でのパフォーマンスが素晴らしいだけに、逆にマイルに対する不安を私は感じていた。そのことを彼に言うと、彼は再び口を開いた。
    「今のカナロアならたぶんマイルもこなせると思います。年度代表馬を視野に入れたら、スプリント戦だけでは弱い気がするんです」

     当時、別路線には11年の三冠馬オルフェーヴルがいた。前年の12年は宝塚記念を制し凱旋門賞も2着。この13年も2年連続での凱旋門賞挑戦を表明しており、年度代表馬の座に最も近い存在と思われていた。

     だから、ロードカナロア陣営は1200㍍路線だけではいくら連勝を重ねても最高の栄誉を手にすることは難しいと考えた。その結果、距離を延ばしてのマイル路線参戦を打開策としてチョイスしたのである。

     結局、ブリーダーズCへの挑戦は無くなるのだが、安田記念には出走してきた。

     カテゴリーを超えて挑戦してきた同馬を、ファンは1番人気で迎えた。それでも単勝は4・0倍。直前の高松宮記念で1・3倍の人気に応え優勝した馬であることを思えば、400㍍延長による不安をファンも微妙に感じていることがわかるオッズ。騎乗する岩田も期待と不安の入り混じった心中をレース前に口にしていた。
    「折り合いさえつけば何とかなると思うけど、東京のマイル戦は誤魔化しの利かない舞台ですからね……。行きたがったりしたら厳しくなるでしょうね……」

     ところがそんな不安も鞍一つ挟んだパートナーには関係なかった。直線で多少フラつく場面はあったものの、距離の壁も長い上り坂もロードカナロアを止めることはできなかった。1分31秒5の時計で駆け抜けたロードカナロアは、ついにマイル路線でも頂点を極めてみせた。

     その後、3カ月ぶりの出走となったセントウルSでハクサンムーンを捉え切れず2着に敗れると、岩田を含めた陣営はガックリと肩を落とし、ショックの表情をみせたが、続く1戦でそれが単に休み明けが敗因だったことがはっきりする。次走となったGⅠ・スプリンターズSで、ロードカナロアは逃げるハクサンムーンを悠々とかわし、先頭でゴールしてみせたのだ。

     こうして5つ目のGⅠを制したロードカナロアは続く1戦で再び海を越えた。香港スプリント連覇を目指し、再度、香港の地に降り立ったロードカナロアをみて、安田翔伍は言った。
    「有終の美を飾らせてあげたいですね」

     そう、これがロードカナロアにとって現役最後の1戦となるのだった。安田は続けて言った。
    「1度来ているせいか、前の年に比べて妙に落ち着いています。もう少し気合が乗って欲しい感じです」

     気合が乗っていたら乗っていたで心配になったと推測できるそのセリフに、ラスト1戦を前にしたプレッシャーを少なからず感じた。

     しかし、ここまでロードカナロアのパートナーとして携わってきた男は、自分の感覚を信じ、最後まで攻める姿勢を貫いた。
    「最終追い切りを予定より強めにしました。これで気合が乗ってくれれば……」

     その効果を目の当たりにしたのは安田隆行だった。レース前日の朝の話である。馬房にいるロードカナロアを安田隆行が撫でようとした。その時だ。
    「僕の手を噛みつこうとしてきたんです。だいぶピリッとしてきた感じですね」

     前年同様、前の晩に出走各馬をチェックした岩田は「外枠(14頭立ての12番枠)がどうか?」と一瞬、不安がる言葉を口にしたが「強い馬だから下手に内で閉じ込められるより良いか……」と考えを改め、ゲートへ向かった。

     そして、実際に堂々たる競馬をみせた。絶好のスタートから好位を追走し、直線に向く。ラスト300㍍で3番手まで上がったかと思うと、そこからは力の違いを見せつけた。進出してきた勢いのまま先頭に立つと、岩田の「ラストランだからある程度、離してやろう」という気持ちにチャンピオンスプリンターが応えた。激しい2着争いを繰り広げる各馬を尻目に2馬身、3馬身と開いた差は、最終的に5馬身もの差となり、真っ先に、そして悠々とゴールへ飛び込んだ。

     世界最高峰と言われる1200㍍戦で、2着に5馬身差。ロードカナロアのスピードが、抜けた世界一であると思わせる圧勝劇。瞬間最大風力という見解でみると、この馬ほど強烈な風を吹かせた日本馬は後にも先にもいないのではないだろうか。そう思えるレースぶりで有終の美を飾ったロードカナロアは、スプリンターとしては史上初めてJRA賞年度代表馬の座を射止めてみせた。
    (本文敬称略)

    世界に衝撃を与えたロードカナロア
    引退レースとなった13年香港スプリントも5馬身差で圧勝、世界に衝撃を与えた©K,Yamamoto

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    ロードカナロア
    ©K.Yamamoto

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    ロードカナロア LORD KANALOA

    2008年3月11日生 牡 鹿毛

    キングカメハメハ
    レディブラッサム(父Storm Cat)
    馬主
    ㈱ロードホースクラブ
    調教師
    安田隆行(栗東)
    生産牧場
    ケイアイファーム
    通算成績
    19戦13勝(うち海外2戦2勝)
    総収得賞金
    8億5020万800円(うち海外1億8024万2800円)
    主な勝ち鞍
    12・13香港スプリント(G1)/12・13スプリンターズS(GⅠ)/13安田記念(GⅠ)/13高松宮記念(GⅠ)/13阪急杯(GⅢ)/12シルクロードS(GⅢ)/11京阪杯(GⅢ)
    表彰歴等
    顕彰馬(18年選出)
    JRA賞受賞歴
    13年度代表馬、最優秀短距離馬/12最優秀短距離馬

    2017年10月号

    平松さとし SATOSHI HIRAMATSU

    1965年生まれ、東京都出身。日本大学農獣医学部を中退後、競馬専門紙を経てフリーのライターとなる。現在は雑誌やweb媒体のほか、テレビの台本や出演を手掛けるなど幅広く活躍。また、海外競馬の取材も積極的に行っている。著書に「王者の蹄跡 タイキシャトルと歩んだ人々」「栄光のジョッキー列伝」「沁みる競馬」など。

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