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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    "位置取り""瞬発力""距離適性"
    同馬の競走馬としての特質

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     28戦13勝。うちGⅠ6勝。

     超一流のその競走成績は、4年半の歳月を費やして打ち立てた文字通りの金字塔である。だから2015年、有馬記念後に行われた引退式には、彼の頑張りを讃えるために多くのファンが集まって、感謝を伝え、感動を共にした。
    「引退式でええ挨拶してくれはったのは、オーナーの次男の正和さんや。正和さんは、須貝センセと一緒に、最初の年の種牡馬展示会にも来てくれて、生産牧場の皆さんにオレを薦めてくれはったんやで。これまた実にありがたかったなァ」

     だが、嬉しそうにそう話すゴールドシップの戦績を振り返って思うのは、歴史に名を残す立場でありながらも、ここまで得手不得手が、また良い時と悪い時がハッキリしているタイプも珍しいということだ。実はそこにこそ、彼の持つ「競走馬としての特質」が深く関係していたように思う。

     検証していこう。まずは、なかなか前に行けない位置取りについて。

     ゴールドシップの馬体の作りははっきり緩い。傾向は後肢の繋にとりわけ顕著だ。だからこそ、スタート時にも、勝負どころでゴーサインを送られた時にも、その緩さが災いしてダッシュが利かない。馬体の構造面から先行策は難しく、レースでは後ろから進まざるを得なかった。そしてその位置取りが、起伏の激しい競走成績に繋がっていった。

     続いて、コースの得手不得手について。

     ダービーは5着、二度のジャパンCも15着、10着に終わり、東京コースを苦手とした。京都を舞台とした春の天皇賞もなかなか勝てなかった。その一方で、これぞゴールドシップという圧巻の勝利を収めたのは、皐月賞と3歳時の有馬記念、さらに宝塚記念や阪神大賞典であった。

     こうした明確なコース適性もまた、先に指摘した馬体の緩さに起因している。広く知られるとおり、東京でも京都でもディープインパクト産駒がよく走る。長所のひとつである「軽い瞬発力」がコースの形態にマッチしているためだ。ところが、そうした軽い瞬発力が彼にはない。繋ぎや馬体の緩さからトップスピードになかなか乗れず、勝負どころではどうしても置かれてしまう。だから東京や京都のここ一番で勝ち切れなかった。

     反対に、得意とした中山、阪神の両コースでは、残り200㍍の地点に急坂が待つ。他の馬はそこで失速するが、強靱な筋力を持てばこそ、ゴールドシップは末脚を伸ばせた。結果として宝塚記念ではあんなにも強かったし、中山においても追い込みや捲りが届いたのである。

     あとひとつ、適距離について。

     阪神大賞典で堂々の3連覇を果たし、春の天皇賞も制した実績から、ステイヤーのイメージは今も強い。事実、4歳春の天皇賞では単勝1・3倍の圧倒的な支持を集めた。だが、一番の適性はやはり中距離にあったと思う。同期生フェノーメノとの対戦でいえば、春の天皇賞においては二度とも完敗したが、4歳時の宝塚記念では相手にしなかった。また、フェイムゲームとの力関係においても、5歳時の宝塚記念では明確な差を付けて退けたものの、春の天皇賞1着時にはクビ差にまで迫られた。ステイヤーのイメージが強すぎた結果、人気と結果に乖離が生まれた。それもまた、波瀾万丈の競走生活を形成した一因であっただろう。
    「記憶に残る嬉しい言葉があと二つあんねん。引退式に集まってくれたファンの人が“ありがとう日高の星”って横断幕を出してくれた。あれはオレにとって、最高の褒め言葉やったな。それと、この筋肉を『柔軟でめちゃくちゃ収縮力が強い』とすっごく誉めてくれた人がいてるんやわ。ビッグレッドファームの岡田繁幸さんのことや。引退するずいぶん前から『種牡馬としてぜひウチに』と頭を下げてくれはって、『日高に活気を与える存在になって欲しい』というオーナーの考えと合致して、だからオレは岡田さんところでお世話になってるんや。期待の大きさはもちろん自分自身が一番ようわかってるで。今度は種牡馬として“日高の星”にならんといかんわな、絶対にや」

     ここまでを聞いてふと思ったのだ。

     小林オーナーと息子の正和さん。

     出口牧場の出口さん。

     須貝調教師と今浪厩務員。

     内田騎手を始めとする7人の騎乗者。

     懸命に応援を続けたファンの皆さん。

     ビッグレッドファームの岡田さん。

     彼の話に共通する要素が見えた気がした。“人”ではないのか。
    「そ、そやねん!」

     言って満面の笑みを彼は見せた。
    「なんで今回、わざわざ出てきたのか。走る素質にはたしかに恵まれた気がする。でもな、何より恵まれたのは、実は“人の輪”やったと思てるからやねん。多くの皆さんに期待かけてもろて、情熱とか愛情とか思いやりとか、いっぱい注いでもろた。そのおかげでオレは頑張れた。ありがとうございましたって、もう一回、心からの感謝を伝えたかったんや」

     言ってゴールドシップは、彼らしく立ち上がった。感謝と気合いを示すためなのだろう、どこまでも高々と。

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    ゴールドシップ GOLD SHIP

    2009年3月6日生 牡 芦毛

    ステイゴールド
    ポイントフラッグ(父メジロマックイーン)
    馬主
    小林英一氏→合同会社小林英一ホールディングス
    調教師
    須貝尚介(栗東)
    生産牧場
    出口牧場
    通算成績
    28戦13勝(うち海外1戦0勝)
    総収得賞金
    13億9776万7000円
    主な勝ち鞍
    15天皇賞(春)(GⅠ)/13・14宝塚記念(GⅠ)/12有馬記念(GⅠ)/12菊花賞(GⅠ)/12皐月賞(GⅠ)/13・14・15阪神大賞典(GⅡ)/12神戸新聞杯(GⅡ)/12共同通信杯(GⅢ)
    JRA賞受賞歴
    12最優秀3歳牡馬

    2017年8月号

    河村 清明 KIYOAKI KAWAMURA

    1962年生まれ、山口県出身。北海道大学文学部国文科専攻を卒業後、㈱リクルートを経て、ライターとして活動を始めた1996年には「優駿エッセイ賞」を受賞した。著書に「馬産地ビジネス」、「馬産地放浪記」、「ウオッカの背中」などのほか、競馬漫画「ウイニング・チケット」の原作・原案協力がある。

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