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出走馬の様子
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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    底を見せないまま
    終えた現役生活

    1995年 弥生賞 ● 優勝 直線一旦は並びかけられるもそこから更に加速して突き放しての勝利。底知れぬ能力の片鱗を見せた©K.Yamamoto

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     当然のように最優秀2歳牡馬に選出されたフジキセキだが、クラシックに向けたステップレースに、渡辺は皐月賞と同じコース、同じ距離で行われる弥生賞を選んだ。人気はここでも単勝1・3倍の一本かぶりだった。

     弥生賞は朝日杯以来3カ月ぶりの実戦となるが、馬体重は508㌔まで増えていた。前走から16㌔増、デビューから数えると実に36㌔の増加となる。が、渡辺はこれを太め残りではなく、成長分と見ていた。実際、朝日杯のあと、渡辺はフジキセキに以前より強い本格的な調教を課すようになっており、フジキセキもそれに応えるような動きを見せていたのである。これが本来の体なのだ。

     出走10頭が1周目のスタンド前に差しかかると、スタンドからはどよめきがあがった。9番枠から出たフジキセキが先頭に立とうという態勢になったのだ。まさかフジキセキが逃げるとは想像していなかったファンのどよめきだったが、やや口を割って行きたがる素振りを見せるフジキセキを、角田がなんとか宥めて2番手に控える。

     それでも3~4コーナー中間からは再び先頭に並びかけ、4コーナー出口では早くも抜け出したフジキセキ。このまま他馬を突き放すのだろうと思われたが、外から1頭、黒鹿毛の馬体が脚を伸ばしてくる。2番人気のホッカイルソーだった。

     残り100㍍、ついにホッカイルソーがフジキセキに並んだかと見えた一瞬のことだ。フジキセキの馬体がぐん、と前に出た。

     驚異的な瞬発力、といってしまえばそうなのだろうが、まるでフジキセキだけが時間を飛び越したかのような伸び方だった。思い切って大げさな表現をしてしまうと、フジキセキの周囲だけ時空が歪んだかのようだった。文字どおり「あっ」という間に、2馬身半の差がついたのである。

     4戦4勝、しかもすべて圧倒的な勝利で95年の牡馬クラシックの絶対的な中心馬となったフジキセキだが、3月24日、左前脚に屈腱炎を発症していることが分かった。「走る馬の宿命」といわれることもある、完治がひじょうに難しく、再発の可能性も高い疾病である。発症の原因は一概にいえない病気だが、渡辺が心配していた馬体の急速な成長も、あるいは影響していたのかもしれない。

     競走復帰には1年程度を要するという診断に、関係者は競走馬の引退と種牡馬入りを決断する。能力が証明され、血統的にも魅力のある馬であれば、繁殖に入るのを躊躇する必要はない。走る馬ほど長期の療養が必要な場合でも競走復帰を目指す傾向が強かった日本の競馬に、フジキセキは新しい価値観を持ち込んだと考えることもできるだろう。

     もしフジキセキが無事だったら、という問いに、角田は、

    「少なくとも皐月賞とダービーは大丈夫だったと思う」

     と答えている。そこまでの絵は描けていたのだという。

    「ただ、あの馬の能力をぼくも本当には分かっていないんです。フジキセキの競馬では、ぼくは一度もステッキを使っていませんから」

     本気で追っていたら、彼はいったいどこまで伸びたのだろうか。(文中敬称略)

    ©K.Yamamoto

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    フジキセキ FUJI KISEKI

    1992年4月15日生 牡 青鹿毛

    サンデーサイレンス
    ミルレーサー(父Le Fabuleux)
    馬主
    齊藤四方司氏
    調教師
    渡辺栄(栗東)
    生産牧場
    社台ファーム
    通算成績
    4戦4勝
    総収得賞金
    1億2965万円
    主な勝ち鞍
    94朝日杯3歳S(GⅠ)/95弥生賞(GⅡ)
    JRA賞受賞歴
    94JRA賞最優秀2歳牡馬

    2022年6月号掲載

    辻谷秋人 AKIHITO TSUJIYA

    1961年生まれ。群馬県出身。コンピュータ系出版社を経て、㈱中央競馬ピーアール・センターに入社。「優駿」の編集に携わった後、フリーとなる。著書に「馬はなぜ走るのか やさしいサラブレッド学」「そしてフジノオーは「世界」を飛んだ」など。この他、「サッカーがやってきた~ザスパ草津という実験」「犬と人はなぜ惹かれあうか」とジャンルは幅広い。

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