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出走馬の様子
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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    もしアクシデントがなければと
    思わせた有馬記念

    1988年 マイルチャンピオンシップ ● 優勝 再度の脚部不安により調整不足が懸念されながら、GIでも後続を突き放す走りで4馬身差の圧勝劇©JRA

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     サッカーボーイの陣営は、当初、秋の目標として菊花賞を考えていた。もし、これが実現していたらいったいどんなレースが見られたのかと、いま考えても残念でしかたないのだが、またしても脚部不安が発生して回避することになり、マイルCSが復帰戦となった。

     この条件でのサッカーボーイはもはや別格で、ここでも最後の200㍍だけで後続を4馬身斬って捨てる。

     そして有馬記念を迎えるのだが、ここでのサッカーボーイには、ふたつの点で耳目が集まっていた。ひとつは2500㍍という距離である。

     マイルから2000での強さについて、もはや疑問を差し挟む余地はない。が、2500ではどうなのか。長いといわれているが、本当にそうなのだろうか、というものだ。

     そしてもうひとつは、同世代のスター、オグリキャップとの初対決である。果たして、どちらが強いのか。

     もっともオグリキャップにはタマモクロスとの「芦毛対決」もかかっていて、世間の注目はそちらに向きがちではあったのだが、レースではサッカーボーイも芦毛2頭に続く3番人気に支持されていた。

     しかし、ここでアクシデントが起きる。サッカーボーイがゲート内で暴れ、鉄枠に顔を強くぶつけて歯を折り、鼻血を出してしまったのだ。

     これが走りに影響しなかったと考えるのは難しいだろう。

     出遅れたサッカーボーイは、終始最後方の位置どりを強いられる。最終4コーナーでも最後方に置かれたままだったが、そこからよく脚を伸ばして3着まであがってきた(3位入線のスーパークリークが失格のため繰り上がり)。

     スタートのアクシデントがなければ、と考えても詮ないことを考えずにはいられないレースだった。

     結果的に、この有馬記念がサッカーボーイ最後のレースになったのだが、この馬の能力の「底」は、いったいどこにあったのか。

     勝ったレースで見せた破壊力は、他に例を見ないほどだった。他の馬たちとの差を、着差というこれ以上わかりやすいものはない形で、見せつけた。

     着差はハナでも勝ちは勝ち、大きく離して勝つ必要はないのだが、サッカーボーイはちぎって勝った。

    「ちぎるつもりはないのに、ちぎれちゃう」とでも言いたげなその佇まいが、人々の記憶からこの馬が消えない理由なのかもしれない。
    (文中敬称略)

    1988年 有馬記念 ● 3着 発馬のアクシデントがありながら芦毛2頭に肉薄(赤帽)。さらなる活躍を期待されたが、故障により引退©JRA

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    サッカーボーイ SOCCER BOY

    1985年4月28日生 牡 栃栗毛

    ディクタス
    ダイナサッシュ(父ノーザンテースト)
    馬主
    (有)社台レースホース
    調教師
    小野幸治(栗東)
    生産牧場
    社台ファーム
    通算成績
    11戦6勝
    総収得賞金
    2億1993万2000円
    主な勝ち鞍
    88マイルチャンピオンシップ(GI)/87阪神3歳S(GI)/88函館記念(GⅢ)/88中日スポーツ賞4歳S(GⅢ)
    JRA賞受賞歴
    87JRA賞最優秀2歳牡馬/88JRA賞最優秀スプリンター

    2021年1月号

    辻谷秋人 AKIHITO TSUJIYA

    1961年生まれ。群馬県出身。コンピュータ系出版社を経て、㈱中央競馬ピーアール・センターに入社。「優駿」の編集に携わった後、フリーとなる。著書に「馬はなぜ走るのか やさしいサラブレッド学」「そしてフジノオーは「世界」を飛んだ」など。この他、「サッカーがやってきた~ザスパ草津という実験」「犬と人はなぜ惹かれあうか」とジャンルは幅広い。

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