story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 59
レコード駆けの弾丸シュート
サッカーボーイの底知れぬ魅力
2021年1月号掲載
クラシック最有力候補にまで登り詰めながら苦汁をなめた3歳春。
蹄の不安を抱えながら、その雪辱を果たした3歳後半。
短い競走生活の中で、強さのベールに包まれたままターフを駆けた彼の姿は
今なお私達の心に焼き付いている。
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期待馬たちがデビューする
開催での衝撃的な初陣
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関西にちょっとすごい馬がいる。
1987年8月、1回函館の新馬戦で、1頭の馬が話題になった。
栃栗毛の尾花栗毛というめずらしい毛色で、額に大きな流星を持つその小柄な馬は、不良の重い馬場にもかかわらず、函館の短い直線だけで後続を9馬身ちぎってみせたのだ。
これが、サッカーボーイの衝撃的なデビューだった。
まだ夏の北海道開催が札幌―函館の順だったそのころ、1回函館は各厩舎の期待馬たちが一挙にデビューしてくる、注目の開催だった。前年にはダービー馬メリーナイスと牝馬二冠馬マックスビューティも、ここで初出走を果たしている。
この年のデビュー組もやはり粒揃いで、この日のもう一鞍の新馬戦ではシノクロスが、前日にはサクラチヨノオーが新馬戦を勝っている。
つまりこの週末を函館競馬場で過ごした人は、この年の東西の2歳牡馬チャンピオンと2歳牝馬チャンピオン、さらにいえば翌年のダービー馬とダービー1番人気馬のデビューを見ることができたわけだが、その中でもサッカーボーイの勝ちっぷりは図抜けていた。
この馬はちょっと違う。そう思わせるレースだった。
続けて出走した函館3歳Sでは、スタートで後手を踏んだ影響か、ちぐはぐな競馬となって4着に終わったが、京都に戻って臨んだもみじ賞では、再び見る者の度肝を抜くことになる。
このレースでも、サッカーボーイのスタートはよくなかった。しかし、馬場の内々を徐々に上がっていって4コーナーで先行馬群を捉えると、そこからぐんぐんと広げた後続との差は、ゴールでは10馬身にまでなっていた。
とはいえ、2歳時の新馬や特別戦で大きな着差をつけて勝つ馬は、さほどめずらしくはない。まだ明確なクラス分けがされる前で、能力差の大きな馬が同じレースを走ることがあるからだ。
しかし、サッカーボーイが負かしてきた相手は違った。新馬で9馬身ちぎったトウショウマリオ、もみじ賞で10馬身離したラガーブラック、ダイタクロンシャンは、いずれもその後重賞を勝った馬たちだ。サッカーボーイが暮れの阪神3歳S(GI)で、一本かぶりの人気を集めたのは、当然のことだったろう。
人気を集めたのは当然だったが、それでもその勝ちっぷりは、予想をさらに上回るものだった。
サッカーボーイは最後の200㍍だけで、2着ダイタクロンシャンに8馬身差をつける。勝ち時計1分34秒5は、それまでのレコードを0・6秒更新するもので、そのあまりのスピードに、ライバルに騎乗した騎手から「むしろクラシックが心配になるくらい」との声があがるほどだった。
関西にちょっとすごい馬がいる、どころの話ではない。関西に、とんでもない馬がいる。
「テンポイントの再来」。
サッカーボーイは、そう呼ばれるようになった。
関西が生んだ最大のスターホースともいえるテンポイントになぞらえられたのは、この馬への並々ならぬ期待の表出に他ならない。
サッカーボーイは、低迷の続く関西馬の絶対的エースとして、翌年のクラシック戦線に臨むことになったのである。