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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    それまで敵わなかったライバルを
    敢然と負かしにいった有馬記念

    トウショウボーイと”最後の戦い”となった77年有馬記念は、テンポイントが4分の3馬身差をつけて勝利した©JRA

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    「テンポイントの詩」を聴いていると、78年の冬を思い出す。

     あの年の、たぶん1月だった。部活でいつも帰宅が遅く、1時間に1本あるかどうかの汽車を待つ時間をつぶしていた書店でわたしは初めて『優駿』を目にした。テンポイントの立ち姿が表紙の2月号で、有馬記念の結果が載っていた。日経新春杯は1月22日だから、テンポイントが故障したあとだったはずだ。

     有馬記念の観戦記を寺山修司が書いていた。そのなかに「さらば、テンポイント」にも出てくる印刷工の少年がいる。かれはアルバイトでためた10万円をテンポイントの単勝につぎ込んだ。

     山崎ハコの歌はつづいている。
    〈もし朝が来たら
     印刷工の少年はテンポイント活字で闘志の二文字をひろうつもりだった…〉

     77年の秋はテンポイント物語のハイライトである。

     3歳の春には460㌔台だった体重は490㌔まで増え、ひ弱だった美少年は逞しいおとなになっていた。

     京都大賞典では強さを容赦なく見せつけた。63㌔の重量を背負ったテンポイントはゆっくりと先頭に立つと、ほかの馬に一度も先を譲ることなく逃げ切る。直線は2歳のときを思わせる独走だった。2着とは8馬身差。ラスト600㍍を34秒5という、当時の2400㍍では考えられないスピードで走っている。

     このレースでテンポイントの成長を確認した高田久成は、有馬記念でトウショウボーイを破って日本一になった暁には海外に遠征させようと考えた。イギリスのキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークスからフランスの凱旋門賞に挑み、さらにアメリカのワシントンDC国際に出走する壮大なプランが高田のなかにはできあがっていた。

     77年12月18日。有馬記念。

     トウショウボーイはこれを最後に引退、種牡馬になることが決まっており、テンポイントには雪辱のラストチャンスだった。1カ月前には東京のオープン戦を楽勝し、最高の状態で当日を迎えている。

     迎え撃つトウショウボーイは天皇賞(秋)で7着と生涯唯一の大敗を喫していた。それでも有馬記念連覇がかかっており、最強馬としてのプライドもあった。

     出走は8頭。ファン投票でも1位になったテンポイントが1番人気で2倍。2番人気はトウショウボーイで2・2倍。2頭の菊花賞馬グリーングラス、プレストウコウがあとにつづいた。

     テンポイント陣営の腹は決まっていた。

     トウショウボーイを自分のペースで逃げさせたら勝てない。勝つためには相手よりも前で勝負し、最後の4コーナーを先頭で回るしかない。「スピード時代」の象徴とまで言われるスピード馬を相手に、自ら逃げる覚悟もできていた。

     ゲートが開くと、トウショウボーイが飛び出した。すかさずテンポイントが追いかける。レース前は「逃げ宣言」をしていたアメリカ産の快速馬スピリットスワプスは出端をくじかれる。

     そのまま1周めのスタンド前を通過し、1、2コーナーを利用してテンポイントが前に出ようとするが、トウショウボーイがスピードアップして先を譲らない。2頭は3番手のグリーングラスを引き離して逃げ合った。

     執拗に前をうかがうテンポイント。それでも逃げるトウショウボーイ。無謀な展開に、見る人々の頭のなかには共倒れするシーンも浮かんでいた。前走の天皇賞では2周めの向正面からトウショウボーイと激しい逃げ争いをして、揃って惨敗してしまったグリーングラスは三番手に控えて直線勝負にかける。

     3コーナーを回ると、ここが勝負所とみたテンポイントは外に進路をとってトウショウボーイに並びかける。そのまま2頭が並んで4コーナーを回る。

     直線。ついにテンポイントが前に出る。トウショウボーイも簡単には引き下がらない。満を持してグリーングラスが追い込んでくる。

     逃げるテンポイント。二度三度と巻き返そうとするトウショウボーイ。前の2頭を追いつめるグリーングラス。TTGと呼ばれたライバル3頭が力の限り戦った、すばらしいレースとなった。

     いまなお史上最高の名勝負として語り継がれるレースにテンポイントは勝った。文句のない日本一だった。

     悲願だった打倒トウショウボーイをはたしたテンポイントは年があけた2月23日、大安の日にヨーロッパに向けて旅立つことが決まった。

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