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出走馬の様子
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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    次の世代にバトンを渡すような、
    そんなタイミングでの引退

     失意のジャパンC以降、ブエナビスタは丸1年、勝利から見放された。有馬記念2着、ドバイワールドC8着、ヴィクトリアマイル2着、宝塚記念2着、天皇賞(秋)4着。僕たちは彼女を1番人気に支持し続けた。繰り返すが丸1年だ。

     でもテイエムオペラオーを抜き、連続1番人気のレース数が19にまで達したところで、ついに記録は途切れた。

     あの降着から1年後の2011年ジャパンC。ブエナビスタは、ついに初めて2番人気でレースを迎えた。

     1番人気は凱旋門賞を5馬身差で圧勝してきたドイツの3歳牝馬デインドリーム。単勝3・3倍と3・4倍だからほとんど並んでいたわけだが、それでも2番人気は2番人気だった。

     しかしもちろん、ブエナビスタの走りはいつもと同じだった。いや、もしかしたら最後に一度だけ、初めて彼女は僕たちの信頼を取り戻すために走ってくれたのかもしれなかった。

     1枠2番の内枠から、デビュー当時では考えられないような好スタートを切ったブエナビスタは、6番手の好位へ。直線では一瞬、馬群に閉じ込められそうになるが、前が開くと一気にスパート。先に抜け出したトーセンジョーダンを捉え、ねじ伏せるように交わした。

     歓喜のウイニングランを行う岩田康誠騎手は、人目もはばからず涙を流していた。彼自身、ブエナビスタの手綱を3走前から任され、これほどの馬を一度も勝たせてあげられていないことが、ひどく心の重荷になっていたのだ。

     レース後の会見では、今度は松田博資調教師が嗚咽で言葉が詰まる姿を見せて、集まった記者たちを驚かせた。そんな姿、これまで誰も見たことがなかったからだ。ベガやアドマイヤドンなどで多くの大レースを勝ってきた伯楽は、1年前の降着で当時の鞍上だったクリストフ・スミヨン騎手につらい思いをさせたことを申し訳なく思っていた、今年勝てて本当によかった、と涙声で言った。

     ラストランの有馬記念、ブエナビスタは2番人気で7着に敗れた。勝ったのは1番人気の3歳馬オルフェーヴル。この2週前には、次の「強い牝馬」ジェンティルドンナが2歳未勝利を勝ち上がっていた。まるで次の世代にバトンを渡すような、そんなタイミングでの引退だった。

     これからもブエナビスタより多く勝つ馬は現れるだろう。でも、彼女ほど信頼される馬は、そうは出ないはずだ。

     静かに、伏し目がちにパドックを周っていたブエナビスタが、やがて馬場へ出て行く。僕たちはそんな彼女を信じて、レースを見守る。今も思い出されるのは、そんな3年間の日々だったりする。

    ©Y.Kunihiro

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    ブエナビスタ BUENA VISTA

    2006年3月14日生 牝 黒鹿毛

    スペシャルウィーク
    ビワハイジ(父Caerleon)
    馬主
    ㈲サンデーレーシング
    調教師
    松田博資(栗東)
    生産牧場
    ノーザンファーム
    通算成績
    23戦9勝(うち海外2戦0勝)
    総収得賞金
    14億7886万9700円(うち海外9243万6700円)
    主な勝ち鞍
    11ジャパンC(GⅠ)/10天皇賞(秋)(GⅠ)/10ヴィクトリアマイル(GⅠ)/09オークス(JpnⅠ)/09桜花賞(JpnⅠ)/08阪神ジュベナイルフィリーズ(JpnⅠ)/10京都記念(GⅡ)/09チューリップ賞(JpnⅢ)
    JRA賞受賞歴
    08最優秀2歳牝馬/09最優秀3歳牝馬/10年度代表馬、最優秀4歳以上牝馬/11最優秀4歳以上牝馬

    2016年5月号

    軍土門 隼夫 HAYAO GUNDOMON

    1968年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学を中退後、「週刊ファミ通」編集部、「サラブレ」編集部を経てフリーのライターとなる。現在、「優駿」「Number」などの雑誌やweb媒体などで執筆。著書に「衝撃の彼方 ディープインパクト」がある。

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