story 未来に語り継ぎたい名馬物語
未来に語り継ぎたい名馬物語 09
ウオッカと激闘を演じたターフの大女優
ダイワスカーレットの美学
2015年11月号掲載掲載
舞台が世界のどこであれ……
と夢想したくなるような強さ
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レースぶりと戦績はこの上なく安定していたが、最初から最後まで順風満帆な競走生活を送ったわけではなかった。
桜花賞でウオッカを下してGⅠ初制覇を遂げたが、次走に予定していたオークスを感冒のため回避した。
翌年はドバイワールドカップかドバイデューティフリーに出走することを陣営が表明し、前哨戦としてフェブラリーSに出走する予定だったが、調教中にウッドチップが目に入り、創傷性角膜炎と診断されて回避。ドバイ遠征プランも白紙になった。
その年の大阪杯で復帰し、メイショウサムソン、ドリームパスポート、エイシンデピュティ、インティライミら牡馬の一線級を相手に快勝。しかし、右前脚管骨骨瘤を発症し、休養に入った。
天皇賞・秋では前述した名勝負を演じて2着になり、次走の有馬記念を牝馬として1971年のトウメイ以来37年ぶりに優勝。そして翌09年もドバイワールドカップを目標に据え、フェブラリーSに登録したが、浅屈腱炎のため現役を退くことになった。
GⅠを3勝した3歳時にはJRA賞最優秀3歳牝馬、最優秀父内国産馬を受賞したが、年度代表馬の座についたのは、ドバイデューティフリー、宝塚記念、ジャパンCを勝ったアドマイヤムーンだった。また、ウオッカとの直接対決は5戦3勝と勝ち越したのだが、ウオッカが08、09年と年度代表馬となったのに対し、スカーレットはついにそのタイトルを得ることはなかった。
ウオッカも、その後、年度代表馬となった牝馬――ブエナビスタもジェンティルドンナも海外遠征に出たが、スカーレットは国内で走るにとどまった。言ってもせんないことだが、あの馬なら、舞台が世界のどこであれ、素晴らしいパフォーマンスを発揮したのではないか。
これもあり得ないタラレバだが、もしスカーレットがブエナビスタやジェンティルドンナと対決していたら、どうなっていただろう。あの2頭の切れ味をも封じ込め、突き放していたのではないか。「直接対決した場合の史上最強牝馬」はこの馬なのでは――と思わせる、特別な強さがあった。
スカーレットは、他馬を怖がるとか、前の馬がはね上げた芝や泥を嫌がるからといった、マイナスの理由で逃げていたわけでない。ただ、走るのが速く、それもスタートしてすぐトップスピードに乗る能力があり、また、その能力を出したい、速く走りたい――という気持ちを抑え切れなかったので、他馬より前に行くことになった。無理して序盤に力をセーブしなくても、最後に鋭く伸びる瞬発力とスタミナの両方を持っていたから、あのようなレースをしただけだ。
であるから、「逃げた」という言葉をあてるのは、冒頭に述べたように、やはり違和感を覚える。
同じく快速を誇ったサイレンススズカは、他馬がついてくることのできない領域に「逃げて」いたように見えたが、スカーレットの走りは、純粋に「ただスピードに乗っていただけ」という性質だったように思う。
いろいろな意味で「普通」ではない、というところは、繁殖牝馬になった今も変わっていない。10年に産んだ初仔のダイワレーヌから、今年誕生した父ノヴェリストの第6仔まで、毎年自分によく似た牝馬ばかりを産んでいる。この極端さも、「スカーレットらしさ」のように感じられる。
この春、故郷の社台ファームでスカーレットに再会した。現役時代より200キロほど増えた700キロ近い体になっていたが、こちらを見る立ち姿には懐かしさを感じた。厩舎で撫でさせてくれた8年前のあのときと、ほとんど同じ角度で顔を向けていたからだ。カメラを向けられたらポーズをとるというこの馬は、自分が一番綺麗に見える顔の角度までわかっているのだろう。
牝馬らしからぬ強さを見せながらも、愛らしく、美しかったダイワスカーレット。その走りで、震えが来るほどの驚きと感動を与えてくれた。速く、強靱な歴史的名牝の姿を思い浮かべると、今でも胸の高鳴りを覚える。
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ダイワスカーレット DAIWA SCARLET
2004年5月13日生 牝 栗毛
- 父
- アグネスタキオン
- 母
- スカーレットブーケ(父ノーザンテースト)
- 馬主
- 大城敬三氏
- 調教師
- 松田国英(栗東)
- 生産牧場
- 社台ファーム(北海道・千歳市)
- 通算成績
- 12戦8勝
- 総収得賞金
- 7億8668万5000円
- 主な勝ち鞍
- 08有馬記念(GⅠ)/07エリザベス女王杯(GⅠ)/07秋華賞(JpnⅠ)/07桜花賞(JpnⅠ)/08大阪杯(GⅡ)/07ローズS(JpnⅡ)
- JRA賞受賞歴
- 07最優秀3歳牝馬/07最優秀父内国産馬
2015年11月号掲載