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story 未来に語り継ぎたい名馬物語

    走っているというより
    飛んでいるような感じ

    【S.Suzuki】

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     武の予感どおり、翌05年もディープは素晴らしいパフォーマンスを発揮する。

     年明け初戦の若駒Sを、ただコースを回ってきただけのような走りで5馬身差の完勝。早くも「三冠は確実」との声も聞かれた。

     しかし、東上初戦となった弥生賞では単勝1・2倍の圧倒的な支持を得ながら、2着とはクビ差。形だけ見ると辛勝だった。レース直後の会見で、武に笑顔は見られなかった。ディープのよさはどこかという質問に対しては、

    「負けないところです」

     とひと言。負けてはならない、いや、負けるはずのない能力を持った馬であることを誰よりもわかっていた彼にしてみれば、正直な感想だったのだろう。

     三冠の皮切りとなる皐月賞は、ディープの全14戦のなかでも、ある意味、特別な強さを見せるレースとなった。スタート直後に躓き、4馬身ほども出遅れながら、中山の短い直線で、前をまとめて差し切ってしまったのだ。まさに他馬が止まって見えるような末脚だった。

    「この馬に出会えて本当によかった。素晴らしい馬です。走っているというより、飛んでいるような感じでした」

     レース後、武はそう語った。以来、ディープの走りは「飛ぶ」と表現されるようになる。

     5月29日、第72回日本ダービー。東京競馬場には14万人を超えるファンが詰めかけ、ディープは単勝1・1倍、単勝支持率73・4%という、ダービー記録となる支持を集めた。

     武の操るディープは直線でまたも「飛び」、2着に5馬身差をつけて勝った。

    「この馬の強さに感動しました」

     と彼は相棒に最大級の賛辞を贈った。

     これで5戦5勝。ディープは史上6頭目の「無敗の二冠馬」となった。武にとっては4度目のダービー制覇であった。

     翌週、私は本誌の企画で彼にダービー回顧のインタビューをした。ディープについて語るときの彼は、口調に喜びと幸福感をにじませながらも、表情には張りつめたものがあり、それが翌年の有馬記念までずっとつづいた。

    「人の心に訴えるものを持った馬ですよね。だからこの馬の走りを見せたいという気持ちが強いし、その半面、神経質になってしまう部分もあるんです」

     この年、05年のクラシックに臨んだのは、02年に死亡したサンデーサイレンスの最後から2世代目の産駒だった。ディープもその一頭だ。大種牡馬の晩年の産駒から大物が現れ、印象的な活躍を見せることがままあり、パーソロンにとってのシンボリルドルフもそうであった。ルドルフのときは、主戦騎手の岡部幸雄が、皐月賞の口取り撮影で「まずは一冠」という意味で人差し指をかざし、ダービーではVサイン……といったパフォーマンスでルドルフの強さを示し、のちに振り返ると、パーソロン・ルドルフ父仔のバトンタッチをドラマチックに演出する結果となった。そのダービーでは、岡部のゴーサインには反応しなかったのに、直線で自らハミをとってスパートした。岡部は「ルドルフに競馬を教えてもらった」と語り、「名馬が名騎手を育てる」ということを広く知らしめた。

     岡部がルドルフで三冠を獲ったときも、このときの武も36歳だった。シンボリルドルフ、ディープインパクトという競馬史に残る名馬が、ともにキャリアのピークを迎えようとしていた名手を背に迎え、注目を集めながら血をつなぐ役割をも果たすことができたのは、日本の競馬界にとって幸運だったと言えよう。

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